Tuesday, January 19, 2021

直木賞直前予想。NEWS加藤シゲアキの受賞はあるか?(大森望) - Yahoo!ニュース - Yahoo!ニュース

 1月20日(水)の午後3時から、東京・築地の料亭・新喜楽にて、第164回(2021年下半期)直木三十五賞の選考会が開催される。今回の候補作は以下の6作。

■第164回直木三十五賞候補作品(作者名五十音順)

『汚れた手をそこで拭かない』芦沢央 (あしざわ よう/36歳)文藝春秋 ※短篇集

『八月の銀の雪』伊与原新(いよはら・しん/48歳)新潮社 ※短篇集

『オルタネート』加藤シゲアキ(かとう・しげあき/33歳)新潮社 ※長篇

『心淋し川』西條奈加(さいじょう・なか/56歳)集英社 ※連作短篇集

『インビジブル』坂上泉(さかがみ・いずみ/30歳)文藝春秋 ※長篇

『アンダードッグス』長浦京(ながうら・きょう/53歳)KADOKAWA ※長篇

 6人全員が直木賞初ノミネートというのが今回の最大の特徴。初顔ばかりが揃うのは珍しく、同様の例は、25年前の第114回まで遡る。ちなみにこのときは、小池真理子『恋』と藤原伊織『テロリストのパラソル』の2作が受賞しているが、さて今回は? 候補作を簡単に紹介しよう。 

芦沢央『汚れた手をそこで拭かない』は、ふとした間違いからどんどんのっぴきならない状況に追い込まれていく普通の人々の物語を軸にした短篇集。巻頭の「ただ、運が悪かっただけ」は、工務店が使っていた脚立を無理やり買っていった客が、その脚立から落ちて死んでしまった事件が題材。自分が脚立を売らなければこんなことにはならなかったと気に病む夫から話を聞いて、妻が真相を推理する。日常的にありそうな出来事を題材にした一種の安楽椅子探偵もの。「埋め合わせ」は、小学校のプールの水をうっかり流失させてしまった教師が、とっさに知恵を絞ってなんとか責任を逃れようと奮闘する話。いろいろ身につまされる短篇集だ。

伊与原新『八月の銀の雪』は、科学的な知見に触れることで人生にささやかな安らぎや潤いがもたらされる、理系人情小説とでも呼びたくなるような短篇5篇を収録する。地球物理、生物画、伝書鳩の飼育と交配、珪藻アートなど、理系的な題材が人間の心のあいだに入り込み、いままでの小説があまり描いてこなかったような情感を呼び起こす。

加藤シゲアキ『オルタネート』は、3人の高校生(ひとりは中退)を軸に、料理と恋愛と音楽活動を描く成長小説。題名は、「交互の」「代わりの」「代理の」「代役」「補欠」などの意味を持つ英単語alternateから。作中では、圧倒的な人気を誇る高校生限定のSNSアプリの名前としても使われる。全国でライブ配信される高校生料理コンテストで優勝を目指す話、遺伝子マッチングで理想の相手を探す話、かつての仲間と音楽をやることを夢見る話と、三つのプロットが並行して進んでいく。

西條奈加『心淋し川』は、千駄木の心町(うらまち)と呼ばれる貧乏長屋を舞台にした人情ものの時代小説。不美人な妾ばかりを同じ長屋に4人も囲い、さながらB専ハーレムみたいになっている青物卸の大隅屋六兵衛の話が傑作だが、そこから話は意外な方向に転がってゆく。最後に置かれた「灰の男」で、この長屋の秘密が明らかになり、それまでの話がミステリ的につながる。

 残る2本は、ミステリ系のエンターテインメント長篇。坂上泉『インビジブル』は、大阪府警誕生前夜、1954年の大阪を舞台にした異色の警察捜査小説。政治家秘書が頭に麻袋をかぶせられた刺殺体で見つかるのが話の発端。主役は、大阪市警視庁の新米刑事と、国警大阪府本部警備部のエリート警部補。対照的な二人がコンビを組まされ、対立しながら捜査を続けるうち、やがて絆が……というバディもの。

 対する長浦京『アンダードッグス』は、1996年末から1997年2月にかけて、返還前夜の香港が主な舞台。農林水産省を追われた主人公の古葉慶太は、香港在住のイタリア人富豪からとんでもない仕事を依頼される。その仕事とは、各国要人たちの不正が記録された大量のフロッピーディスクと書類を強奪することだった……。いやいや、いくらなんでもそれは――とか思う間もなくプロットはものすごい勢いで展開し、アクションに次ぐアクションで息をつく間もない。合間には2018年のエピソードも挿入され、二つの時代がどうつながるかも見逃せない。

 というわけで、6作それぞれタイプが違い、どれが受賞してもおかしくないし、2作受賞とか、受賞作なしの可能性もありうる。困ったときは文藝春秋の候補作――という、直木賞の経験則に従えば、『汚れた手をそこで拭かない』もしくは『インビジブル』が本命だが、いちばん直木賞らしいという意味で、やはり『心淋し川』が本命か。

 逆に、『オルタネート』のような思春期の少年少女の話は、直木賞ではめったに受賞しないのだが(最後の受賞は2003年の石田衣良『4TEEN』まで遡る)、もう17年も受賞していないから、ひさしぶりの受賞がありえないわけではない。同じく直木賞らしくないとはいえ、冒険小説クラスターで激推しされている『アンダードッグス』もじゅうぶんチャンスはあるだろう。

 1月20日(水)の夕刻には、激戦の結果が判明する。

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