アメリカのコロナ感染は、いまだ終息の気配が見えない。当然、11月の大統領選挙でも大きなテーマのひとつになる。日本では、東日本大震災による福島第一原発事故の際、当時の枝野幸男・官房長官が「ただちに影響はない」と繰り返して、「安全デマ」だと批判された。トランプ氏にいま、同じ疑惑がかけられている。ニューヨーク在住ジャーナリスト・佐藤則男氏がリポートする。
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トランプ大統領は今年1月28日に、大統領執務室で諜報部門からコロナウイルスに関するトップシークレット情報のブリーフィングを受けた。「あなたの大統領任期のなかで、国家安全保障を脅かす最大の脅威だ」と、ロバート・オブライエン国家安全保障補佐官は言った――。
これは、ワシントン・ポスト編集主幹で世界的に有名なジャーナリストであるボブ・ウッドワード氏の新刊の記述である。9月15日発売で、タイトルは『Rage(怒り)』。同氏によるトランプ政権の内幕を描いたノンフィクションの2作目になる。
そのなかで明らかにされた重大な証言がある。トランプ大統領は、コロナウイルスについて公に発言する際に、その深刻さを意図的に控えめに話していたと、ウッドワード氏に語ったのである。パニック回避が目的だったというが、公表されたインタビューの録音を聞く限り、少なくとも筆者の印象はそれとは程遠いものだった。「嘘つきトランプ」の典型的な言い回しだと感じた。
2月7日のインタビューでトランプ氏は、新型コロナウイルスは空気感染するとウッドワード氏に話している。その一方で、当時トランプ氏は会見などで、コロナ感染症は季節性インフルエンザほどひどいものではなく、ウイルスはすぐに消え去ると語っていたのである。
ウッドワード氏の新刊に関するワシントン・ポストの記事は以下のように伝えている。
《10日後、トランプ氏はウッドワード氏に電話をかけ、これまで公言してきた以上に状況は悲惨だと考えていることを明らかにした。
2月7日の電話インタビューでは、「空気を吸い込むだけで感染するおそれがある。これは非常に難しい事態であり、デリケートな問題だ。ひどいインフルエンザより致命的なものだ」と述べた。大統領は、「致命的なものだ」と再度強調した。
同じインタビューで、中国の習近平国家主席はこのウイルスについて何と言っているかと問われ、トランプ氏はここでも「致命的なもの」と答えた。
トランプ氏は当時、このウイルスは季節性インフルエンザほど深刻なものではないと国民に語り、すぐに消滅する、政府が完全にコントロールしていると主張していた。ウイルスが普通のインフルエンザのようなものではなく、空気感染する可能性があることを公に認めるまでには、数週間を要した。70日もの間、コロナウイルスが猛威を振るう中で、アメリカは危機の否定と機能不全に苦しむことになった。
そしてトランプ氏は3月19日、ウッドワード氏に対し、意図的に危険性を低く見せかけていたことを自ら認めた。大統領は、「私はいつも控えめに言っておきたい。パニックを起こしたくないから、今でもそうしている」と述べた。》
結局、トランプ大統領が本格的に感染防止に舵を切ったのは4月に入ってからだった。
これはコロナ対策として不適切だった可能性が高いが、筆者が注目するのは、この新事実が大統領選挙に与える影響だ。もちろんトランプ氏にとって不利な材料であり、国民の命を意図的に危険に晒したという点で、民主党から大統領辞任を求められても仕方のない事例だと言えるだろう。
トランプ陣営がいかにして反撃に出るか見ものだが、この新刊はかなり大きなダメージになると予想されるから、コロナ問題から有権者の視線を逸らすには、かなり大胆な新機軸が必要になるはずだ。イランへの軍事攻撃、中国とのさらなる緊張など、得意のカオス戦略を考えるかもしれないが、なかなかハードルは高いはずだ。間違いなく打ち出す戦略としては、バイデン氏に対するスキャンダル攻撃くらいだろう。
個人的なことだが、筆者はウッドワード氏に特別な思い入れがある。1970年代にアメリカに渡った頃、ウッドワード氏は、同僚のカール・バーンスタイン氏とともに、ワシントン・ポスト紙上でウォーターゲート事件を追及してスターになっていた。ニクソン大統領を辞任に追い込むまでの活躍は、書籍や映画で広く知られた。苦しい生活にあえいでいた筆者に勇気と希望を与えてくれた2人だった。そのウッドワード氏のペンが、再び大統領を辞任の縁にまで追い込んでいる。
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